公益財団法人黒田奨学会 〒810-0041 福岡市中央区大名2-2-41サンライフ大名308

海外研修

奨学生の海外研修レポート


■東京大学法学部4年 M.T君「海外研修報告 2018」new!


■京都大学法学部2年 N.Nさん
「海外面刊多報告書~国際法模擬裁判世界大会への参加~」2018.4.1~4.7new!


■神戸大学大学院工学研究科2年 T.K君 「海外研修報告書」2016.10~2017.8  new!


■東京大学文科1年 M.T君 「海外研修報告書」2016.2.7~2016.2.20


■九州大学21世紀プログラム2年 S.Y君
「サンテティエンヌ語学研修活動報告」2016.2.29~2016.3.25


■九州大学大学院2年 N.Mさん
「11th International Symposium on Ecohydraulics」に参加して2016.2.7~2016.2.15


■九州大学工学部3年 N.K君 「オーストラリア留学を終えて」2016.2.22~2016.3.18


■九州大学文学部2年 Y.Hさん 「ケンブリッジでの3週間」2015.8.17~2015.9.10


■九州大学経済学部4年 K.Rさん 「香港での留学を終えて」2014.8.22~2015.5.31


■九州医学部保健学科4年 I.Mさん  海外研修報告「イギリスで学んだこと」2013.8.26~9.23


■東京大学工学部3年 T.T君     「黒田奨学会10月近況報告」


■九州大学医学部医学科6年 K.K君 「海外研修報告書」2013.8.4~8.19


海外研修報告

東京大学法学部4年 M.T

私は、大学三年の夏から約一年間、デンマークのコペンハーゲン大学に交換留学をした。
高校生の頃から漠然と大学進学後に長期の留学をしたいと考えており、今回交換留学という機会を得ることができ、それが実現することになった。
私がコペンハーゲン大学への留学を決めた理由は大きく分けて二つある。一つは、国際政治分野についてより知見を深めたかったことである。自分は大学で法学、政治学を専攻していることもあり元々政治学に興味があっただけでなく、2016年にトランプ政権の誕生やイギリスのEU離脱などを目の当たりにするなかで、国際関係により一層興味を持ち、自分の専門分野のひとつである政治学の観点から学問的に分析したいと思った。特に、国際政治に関わる研究が盛んなコペンハーゲン大学であれば、この分野に関する議論を好む学生が集まり、高いレベルでの勉学が実現すると考えた。

二つ目に、海外での長期の生活を通じて、自分の視野を広げたいと思った。異国で生活し、そこで様々な地域の人と交流することで、絶対的な知見を深めるとともに自己を相対化することで、自分の見える範囲、可能性を広げることを目的とした。また、それに付随して語学力の向上も考えていた。
そして、8月後半からコペンハーゲンでの留学を開始した。自分にとって留学生活は、何もかもが新鮮で刺激的だった。文化も言語も気候も何もかも違う国で生活し、そこに生きている人を観察したり実際に話したりすることは、元々海外経験があまりなかっただけに自分の好奇心を常にそそり続けた。また、世界中から集まっている学生から話を聞いたり、反対に日本の話をしたりできる毎日に非常に満足していた。
しかし、何もかも楽しいことばかりではなく、特に留学当初は生活の様々な面で苦労した。例えば、食生活に関して、デンマークでは日本のように気軽に立ち寄れるような安い外食チェーン店はほとんどないし、コンビニ等でも既製品は殆どまともなものがなく、自炊することがメインとなった。しかし、どこに何があるのか分からないスーパーを巡りデンマーク語で必要な食材を探したりするのは相当にストレスを感じた。怪我をしたときには、自分の求めている救急用品を探すだけでも一苦労だった。しかし、こういったことはしばらく生活するなかで慣れ、特に負担に感じることもなくなった。やがて、日本では見たこともないものを発見したりすることが一つの楽しみにもなった。

生活の面での苦労もあったが、やはり大学の授業も最初は大変だった。日本の大学とは大きく異なり、授業前の予習に大量の論文を読み込み、そして議論形式で進む授業についていくことが求められた。当初は慣れない作業に苦労した。自分自身は帰国子女でもなく海外経験もあまり多くなかったため、大量の情報を英語で処理したり、授業のペースに合わせて素早く英語でやりとりをしたりすることには慣れていなかった。そのため、なんとか周りのレベルについていくため、大学での専門の勉強だけでなく、自宅での英語学習も毎日欠かさず行っていた。そうしていくうちに、次第に事前の予習や授業での発言も少しずつ苦に感じなくなり、一回の授業から得られる情報量も格段に増えていったように思う。

国際政治関連の講義では、ある国際的なトピックについて、様々な国の多様な視点を持った学生とディスカッションする貴重な機会を得ることが出来た。日本を含めアジア諸国の抱える国際問題をこちらから発信する価値があったと思うし、それについて当事者でない外からの意見を聞くことは有意義であった。また、反対に我々にとって馴染みの薄いヨーロッパ等における国際問題などを知るきっかけにもなった。また、授業ではよく日本の事情について他国の学生や教官から尋ねられることが多かった。政治分野だけに留まらず、日本の文化などについても深く聞かれることがあり、時に回答に窮することもあった。自分が如何に自国について知らないことが多いかを思い知らされ恥ずかしい思いもした。他国について知る以前に、自分の国についてもっと深く学ぶ必要も感じ、留学先で日本について沢山調べたこともある。他国で生活することで自国への視点が相対化され、自国についての理解をより深めたというのも、留学の大きな収穫の一つだったのではないかと思う。

勉学の他には、留学前から欠かさず取り組んでいたバドミントンを留学先でも続けた。大学のバドミントンクラブに所属し、毎週末に練習に励んだ。自分以外全員デンマーク人という環境の中で、バドミントンに励むと同時に現地の学生と交流することができる絶好の機会だっただけに、練習の時間は非常に大切にしていた。

今プログラムを終えて改めて留学生活を振り返ってみると、とにかく多忙な留学生活であり、物凄いスピードで約一年間が過ぎたように感じる。それは、日本で続けていたサークル活動の自分の役割やゼミでの仕事、就職活動なども留学先からこなすなど、密度の濃い日々だったからであろうし、やり遂げた後の充実感はその分だけ大きなものになっていると思う。当初立てていた留学の二つの目的は十分達成されたと思うし、自分の留学体験は間違いなくやってよかったと心から思っている。
最後に、このような貴重な体験をご支援していただいた黒田奨学会様に、心より感謝申し上げます。

 


 「海外面刊多報告書~国際法模擬裁判世界大会への参加~」

京都大学法学部2年 N.N

今年の2/17-18に行われたPhillip C. Jessup International Law Moot Co叩 Competitionという国際法模擬裁判大会の日本予選にて、 私が所属する京大チームは総合2位を頂き、その結果、4/1-4/7にワシントンD.C.で行われた、 International roundに日本代表の一員として出場いたしました。


世界95カ国からハイレベルな大学生及び大学院生が参加しており、 世界最大の模擬裁判会大会と言われています。
国際模擬裁判とは、 架空の国同士の法的紛争が国際司法裁判所に付託されたという設定のもとで、原告国及び被告国の代理人となって書面主張及び口頭弁論を行い、 その法的知識やリサーチカ、 論理性、 パフォーマンスを競うものです。
本件の法的紛争の論点は、 仲裁判決の無効、無人潜水機の無害通航、核軍縮、 武力行使といった、 今の国際法や国際情勢で識論を呼ぶ難題に挑戦しました。 私は被告国の代理人として弁論を行い、 4/2-4/4に行われた予選ではバングラデシュチームとアメリカチームと対戦しました。
結果は一勝一敗、 京大チームとしては二勝二敗に終わり、 トップ32に入ることはでぎませんでした。
しかし、世界大会では、 国内大会に比べて裁判官からの厳しい質間に落ち着いて対応することができ、練習の成果の出せた良い弁論ができたと思います。 残りの大会日程はアメリカ国際法学会のAnnual meetingにて、 学者によるパネルディスカッションを聞いたり、 トップ32の大学によるトーナメント戦を観戦しました。
まだ専門の学びも本格的に始まる前に学会の最新の議論に触れる貴重な機会を得ることができ、さらに国際法の学びを深めていこうときっかけになりました。

トップ校の弁論を観戦してみたところ、 議論の組み立てで大差があるとは感じませんでした。
自分の今後の課題は、 リサーチ及び証拠の精度をあげること、自分の主張が裁判官の印象に残るような伝え方をすることであると感じました。
今回の経験を活かし、 今後は国際法の学びを深めていくと同時に、 国内法の学びにもつなげられるように、 日々勉学に励みたいと思います。
最後に、 この度温かいご支援を賜りました、 黒田奨学会の皆様に感謝申し上げ ます。

 


 「海外研修報告書」

神戸大学大学院工学研究科2年 T.K

2016年10月から2017年8月までの11ヶ月間、 アメリカのユダ州とアフリ 力のガーナヘ、海外研修としてテサイン&ビルドのプロシェクトに参加してき ました。

アメリカでは、 ユタ大学にあるDesignBuildBLUFFというプログラムでネイティヴアメリカン ・ ナバホ族のために住宅を作り、 ガーナでは第二の都市・クマシ近くの小さな村に診療所を地元の方々と協働しながら作りました。
これまで私の知らなかった全く異なる2つの環境の中で、目の前のことにがむしゃらに取り組む姿勢を大切にしながら活動してきました。

両外研修のきっかけとして、 私は建築学を専攻し研究してい<中で、 技衛者としての設計をすることで建築に関わるのではなく、地域の資源や人材を活用 し地城の内発的な活動を生み出すデザインによって建築を作ることに閲わっていきたいと強く感じていました。 それは古民家や古いアパートを自分たちの手で改修する機会があり、 建築をテザインし生み出す楽しさだけでなく、その過程での地域の方々との触れ合いに魅力と可能性を知ったからです。
より先進的なソーシャルデザインの技術と活動を学び、 地域や社会の問題に対してどのように取り組むのか体験ずることが今回の海外研修の目標でした。

一つ目のアメリカ・ユダ州でのプロジェクトは、DesignBuildBLUFFは2003年から訴動を開始した現在はユタ大学の建築学部修士課程に教育プログラムを提供するNPOです。特徴としては、フォーコーナーズと呼はれる地域に居留地を持つネイティヴアメリカン ・ ナハホ族と一緒にサステイナプルで地域に対し て影響力を持った建築をつくることを目指しています。
また、 学生が主体とな って設計施行をおこない、住宅を無償で提供することも大きな特徴です。 10月から12月にソルトレイクシティにある大学のキャンパスでデザインを決め、 1月から4月からナバホ居留地すぐそばの町・プラフで一緒に生活を行いなから、施工を進めました。
先生方のアドバイスやフィードバック、プロシェクトを進めてい上での仕組みやルールが大変きちんとしており、 実践的なプログラムを運営していくために必要なことを学ぶことができました。 また、雄大な自然が広がるBLUFFで生活を—緒にしたメンバーとは、 さまざまな場所ヘー緒に旅行し、 ほとんどの時間を共有することでかけがえのない友人となりました。

二つ目のアフリカ ・ガーナでのプロジェクトは、 地元のNPOであるNKA Foundationの主催するEarth-Construction (土を主なマテリアルとする工法)のワークショップにポランティアという形で参加しました。
カーナでのプロジェクトに参加することを決めた理由は、DesignBuildBLUFFてのプロジェクトの中で左官や土間を体験したことで地域の素材を使う意味や、 どこにでもある土が建築を構成する材料としてとのような方法があるのかに興味を持ったからです。
一緒にプロジェクトに参加したのは、半分が世界各国から集まったボランティアで、 半分はガーナの地元の方々で、 基本的なコミュニケーションは英語で行っていましたが、子どもたちから地元の言薬であるTWIを教えてもらうことでコミュニケーションをとることかより楽しくなりました。
診療所を建設 したヤボアクロムという小さな村は、 電気や水、 道路などのインフラが幣っていないような場所で、 想像以上に生活も作業も大変過酷なものでした。 特に3ヶ月間の作業は全て機械を使わず手作業で行ったことは、 どんな環境においても自分たちの手で作り、 環境を変えていけることに気づかせてくれたと感じています。

乾燥した砂漠のような地域と熱帯地域の二つの全く違う環境で2つのデサインヒルドのプロジェクトを終えることができたことは、 新しい経験や知識を得ることができただけでなく、 私にとって将来に向けての自信と勇気を得ることがてきたこの1年間の研修でした。
特に生活のあり方や宗教などの世界に対して、 私白磨の考え方がどれだけ偏っていたものかを強く感じたので、 これからも外の世界に対してアンテナを張っていきたいと思います。

最後に、海外研修に多大なるご支援をいたたいことに感謝甲し上げます。

 


 「海外研修報告書」

東京大学文科1年 M.T

2016年2月7日から2月20日まで、約2週間オーストラリアのシドニーで語学研修を行った。
今回の目的は単に語学力を伸ばすことだけではなく、他国の学生との交流や現地でのホームステイ生活を通して、異文化にじかに触れるということが大きな目的とした。約二週間という比較的短い期間ではあったが、様々な国籍の人との交流を通して刺激に満ちた密度の濃い経験をすることができた。

海外に行くこと自体が人生で二度目、特に英語圏に関しては初めてということもあり、はじめは緊張と不安が大きかった。当然ホームステイも今までしたことがなく、うまく家族の方々とコミュニケーションをとっていけるかが心配だった。しかし、ステイ先の家族だけでなく学校で知り合ったさまざまな国籍の学生もみな親しく接してくれ、家族や学校にすぐに慣れ溶け込むことができ、満足のいく海外生活を送ることができた。

語学学校では主にグループディスカッション形式の授業を受講した。初日のテストで最上位のクラスに振り分けられ、日本人も少なくレベルの高い刺激的な授業を受けることができた。特に他国の学生はスピーキングの能力が日本の学生よりも格段に高く、彼らとともに議論をしたことは自分の力を高めるのに大いにプラスになった。議論の内容は、環境問題などのGlobal Issuesから、Animal Rightsといった人間と動物の関係のありかたなど多岐に渡った。議論の度に自分の考えを英語でうまく発信することの難しさを痛感したが、約二週間という短い期間であっても少しずつ英語を用いた発信に自分が慣れてくるのが分かった。また、ディスカッションでは自国が抱えている問題やその取り組みについてなど話すことが多く、自分が日本の現状についての理解がまだ不十分であることも痛感させられた。外国に目を向けることは重要ではあるが、それ以上にまず自国のことを十分に理解することの大切性を感じた。グループディスカッションのような発展的な内容以外にも、選択制の授業では基礎的な発音の授業も重視して受講した。発音は基礎の基礎ではあるが、日本での英語学習ではおろそかにしがちだった。それだけに、自分の発音がいかに間違ったものであったのかが分かったし、先生に自分の発音を何度も訂正してもらいながら正しい発音を身に着けていくこともできた。日本での学習では、英文を早く読んだり、難しい構文を理解したりすることなど、「読み」に関して強く重点が置かれているように思われるが、そうではなく、話すこと聞くことなど「正確にコミュニケーションをとる」ということを目的とした英語学習への取り組み意識が日本での学習でも必要だと感じた。

また、シドニーで生活を始めてすぐに日本との文化的な差異を感じたのは、食生活の違いであった。基本的にホームステイ先で朝晩は食事をしたのだが、もちろん家庭差もあるとは思うが二週間の間ほとんど野菜を食べることがなかった。また、日本とは違い魚介類もほとんど食べないため、現地での食生活に順応するには少し苦労した。また、物価も日本よりもずっと高く、日本の物価感覚では考えがたいものだった。

授業のない日や放課後には、他国の人と食事に出かけたりシドニーの散策をしたりした。オーストラリアは移民が多く、さまざまな人種がいるということはあらかじめ知ってはいたが、実際に生活してみるとやはりアジア人なども多く、日本食のレストランなども多くあった。南米系の店などもいたるところにあり、色々な店を回っていくだけでも、様々な国の文化に触れる良い機会になった。またそれだけにオーストラリア訛りだけでなく南米訛りなどもよく聞かれた。日本での英語学習ではアメリカ英語ばかりに触れていたので、現地で各地の訛りの英語を聞き取るのに苦労した。将来仕事をするにしても、当たり前ではあるが相手が常に訛りの少ない英語を話すとは限らないので、さまざまな国の発音に慣れていくことも重要であると感じた。また、休日には世界遺産のブルーマウンテンズに行った。中心部から電車で二、三時間かけて行ったのであるが、そこで迎えた日本では経験できないような壮大なスケールの大自然は圧巻だった。ブルーマウンテンズなどの観光スポットにおいては他国でも珍しいことではないが、シドニーで共通していえることは非常に陽気な人が多いということである。店の人でも単に物を売るだけでなく気さくに話しかけてくることがあった。このように町中でも英会話を楽しんでいろいろな話ができ、シドニーの散策も普通の散策にとどまらない良い経験になった。

今回の語学研修では、単なる英語力の向上以上に大きな経験を得ることができた。自分の知らない文化に触れたり、様々な国籍の学生と交流したりすることそれ自体が刺激的で、また同時に楽しみに満ちたものだった。このような貴重な体験をご支援していただいた黒田奨学会様に心より感謝申し上げます。

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 「サンテティエンヌ語学研修活動報告」

九州大学21世紀プログラム2年 S.Y

私は2月29日から3月25日までの26日間、黒田奨学会のご支援のもと、サンテティエンヌにあるジャン・モネ大学付属のcilec語学学校に通わせていただきました。
サンテティエンヌというのは、フランス第二の都市といわれるリヨンから車で1時間ほどの場所にある町であり、人口は30万人余りで、福岡と比べると久留米市に似た大きさの町に感じました。町の様子はというと路面電車のはしる中心部は人が多すぎるわけでもなく、しかし立ち並ぶ店には活気がありとても生活のしやすい町でした。

私の通っていた語学学校では午前中に授業を行い、午後にはフランスの文化を学ぶ授業が行われたり、屋外でのフィールドワークが行われたりし、とても充実した平日が過ごすことができました。午前中の授業では、セルビア人やブラジル人、シリア人、韓国人、中国人など、様々な国の人たちとともに文法やリスニング、ライティングの勉強を行い、授業終わりには各回1人ずつ自分の故郷に関するプレゼンテーションを行いました。中でもとても印象に残っているのが、シリアに関するプレゼンテーションです。シリアに関してプレゼンを行ったシリア人はダマスカス出身でプレゼンのはじめはシリアの伝統的な音楽を流しながら、綺麗な街並みの紹介がなされていましたが、だんだんと内戦の写真へ変わっていき、シリアの現状を初めて生の声で聞くことになりました。今まで、日本にいる時からよく難民の話であるとかISの話といったものを聞くことはあっても、直接その地域にいた人から話を聞くというのはなかなかできず、内戦の悲惨さをあらためて実感することになりました。午後のフィールドワークでは、農業祭のようなものに参加したり、現地の高校生たちとの文化交流などを行ったりしました。

休日には街へ出かけることもありましたが、ほぼ家の中で過ごしていました。というのも、日曜日は労働者のための休日と捉えられているようで日曜日のフランスはどこのお店も開いてなかったですし、自分の語学力を上げるためには語彙力がまったく足りていないと語学学校で痛感させられ、語彙力を鍛えたかったからです。とはいってもどこにも行かなかったかというとそうでもありません。朝にはマルシェと呼ばれる市場にいってエスカルゴを買って食べてみたり、地元で採れた野菜などを買ったりしていました。そのほかにも、Ça vaという学生団体の企画に参加し、サンテティエンヌの元市長にLa Cité du Designで開催されている美大生による企画展を案内していただいたり、サンテティエンヌの成り立ちについて語っていただいたりしました。

全体の感想としては、より勉強したいという意欲が掻き立てられた研修となりました。飲食店などで話をするときにもフランス語の会話の中にはなかなか入っていくことができませんでしたし、その話もっと聞きたい!と思っても理解することができないのはとても悔しい思い出です。そして、今後応募しようと考えている留学に関して、語学以外に明確な目標をもって留学したいと思える良い機会となりました。この度の語学研修への参加を支援してくださった黒田奨学会様、誠にありがとうございました。これからも社会に貢献できる人材となるためにより努力を重ねていく所存でございますのでご指導のほどよろしく御願いいたします。

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 「11th International Symposium on Ecohydraulics」に参加して

九州大学大学院2年 N.M

2016年2月7日から12日の5日間にオーストラリア,メルボルンで行われました,国際学会「11th International Symposium on Ecohydraulics」に参加させて頂きました。
今回の学会では,2度の査読によるfull paperの提出とoral発表を行うことが目的でした。
今回提出した論文は,まちづくりや地域づくりのキーワードとなる「地域主体形成」について,そのプロセスを分析したものです。私は特に,小水力発電の導入時の地域主体形成に焦点をあて,どのようなプロセスを踏み,私達が何を行ったのか参加観察という手法に基づいて分析しました。実はこの内容は国内の査読に出していて落ちたものでした。国内の学会には問題解決型の論文は中々通りにくく,大学でのノウハウは大学内に蓄積するばかりで,地域に開かれたものにはなりにくいのが現状です。
今回出した学会は,「Eco」と「hydraulics」という造語の分野で,世界中の川や水資源管理が直面する課題に焦点をあてて知見を蓄積しています。そのため,生態系や水工学,地形など様々な分野との学際性が求められます。今回の学会の参加者の中で学生は私1人で,ソフトの研究も私しかいませんでしたが,民官学の連携やグローバルな連携による研究の体制を強調した発表が多かったように感じます。Oral発表においても,とても和やかな雰囲気で,なんとかうまく終えることができました。

メルボルンは,オーストラリア第2の都市です。とても都会でしたが,電車で20分くらい行くと海や森と触れ合うことのできる地域でした。住みやすい都市ランキングの高ランクに位置するようですが,確かにとても住みやすいと感じました。デパートやカフェのほとんどは17時〜18時に締まり,トラムも主要な路線にも関わらず土日は運休で,平日も18時半が終電で,残業のないストレスフリーの生活が送れる気がしました。平日の17時に川に行くとたくさんの人が川辺のBARでお酒を呑んだり,カヌーなどのスポーツをしたり,ギターをひいたりといった日本では考えられない光景を目の当たりにしました。
川は茶色で水質も良くなさそうな状態でしたが,緑溢れる居心地の良い雰囲気がありました。メルボルンは世界的に見てもウォーターフロント開発や水辺の再開発の数少ない成功事例の都市です。川の水質や色に依らず,工夫次第で河川を市民の生活に近づけることができるのだと,肌で感じました。

今回初めての国際学会での発表という,素晴らしい経験をさせて頂くにあたり,黒田奨学会様には多大なるご支援を頂けましたことにこの場を借りて深く感謝致します.本当に有難うございました。

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 「オーストラリア留学を終えて」

九州大学工学部3年 N.K

私は、今の英語力でどの程度通用するのかを試してみることはもちろん、専攻分野である土木の視点から海外の街並みや構造物を見ることを目的として、2月22日から3月18日までの1ヶ月間、オーストラリアのモナシュ大学クレイトンキャンパスで開講されたコンソーシアム・プログラムという短期留学生向けの英語力強化プログラムに参加してきました。

本プログラムでは、Contemporary Australia、Environmental Sustainability、Multicultural Australia、Globalizationの4つのテーマについて、各テーマ1週間を通して講義を受けながらクラスメイトとのディスカッションやフィールドトリップ、オーラルプレゼンテーション等のアクティビティを行い、オーストラリアという国について理解を深めながら英語力を鍛えました。
フィールドトリップでは、近隣の小学校を訪問し、実際に授業風景を見学しながら日本との違いについて考えました。日本と比較して、座学よりグループ学習が多く授業の形式に合わせて机の配置を変えたり、体育がPEとスポーツに分かれていたり、音楽も普通の授業に加えて、週に1度外部講師を招いてギターやドラムなどを学ぶことができたりと羨ましいと思う点が多々ありました。特に驚いたことは、週に1時間、外国語を学ぶ授業があったことです。政府の政策として、小学校で外国語を学ぶことを義務付けており、最近はアジアからの移民が多いこともあって、アジア圏の言語を推奨していて日本語は人気が高く採用数も多いとのことでした。
大学でも日本語の講義に参加する機会がありましたが、日本の語学教育のように文法中心ではなく、スピーキング中心に教えられており、感覚的にわかりやすく実践的に使えるよう工夫されていると感じました。課題をするために放課後に図書館を利用することがありましたが、いつも多くの学生が自習をしており、学習意欲の高さを感じました。しかし、至る所で議論を交わしている学生もいたため少し騒がしく、日本の図書館の方が自習には向いていると感じました。
オーストラリア滞在中はホームステイをしていました。移民の多いオーストラリアでは、受け入れ先の方々も様々でしたが、私はオーストラリア系の方の家にホームステイすることになり、オーストラリアでの生活や食文化を体験することができました。
メルボルンは雨が少なく、水不足が頻発している地域なので、シャワーのときにお湯を流すことのできる時間が制限されていたのは少し大変でしたが、水の大切さや日本の恵まれた環境を実感することができました。キャンパスとの行き来にはバスを、市街地には電車を使っていましたが、最初のうちは料金形態が分からず戸惑っていましたが、ホームページで調べたり実際に使ってみたりしながら、どのようなシステムになっているのか分析していました。また、大学の授業は午前だけだったので、放課後に市街地や大型のショッピングモールを歩き回っていました。メルボルン市街地はFlinders Street Stationという中心駅や教会をはじめとして、多くの歴史的建造物が保存されていました。建物によっては、外観を残しつつ内装をリフォームして利用する、所謂リノベーションを施しており、街の景観の守られた街で、土木を専攻している者としてはとても興味をそそられる街でした。街のあちこちに落書きがあり、メルボルンではストリートアートとして有名になっています。私個人の意見としては、せっかく保存しているレトロで素晴らしい街並みを壊している上に、落書きは治安の悪さの象徴のような感じがするのであまりいい印象は持ちませんでした。落書きは多かったですが、治安はとてもよかったです。あちこちにお金を恵んでくれという人はいましたが、色々なところを歩き回っても危ない目に遭うようなことはありませんでした。
気候に関しては、メルボルンは前述したように雨が少なく、降ったとしてもスコールのような激しい雨が短時間に降るだけだったので、とても乾燥していました。気温は最高気温が20~40℃と日によってかなり差がある上に、「メルボルンは1日の中に四季がある」と揶揄されるほど日較差も大きく服装には気を付けないといけませんでした。

この留学を受けて、私は学び続けることの大切さを改めて感じました。1ヶ月間、毎日英語に触れる生活をしていたので、聞き取る力はかなり上がりましたが、日本に帰ってきてあまり触れなくなると急激にその力が衰えてしまっていると感じています。大学でも英語の講義がなくなり、自主的に勉強しなければならないと感じています。また、オーストラリアで出会った大学生たちのように積極的に、能動的に学ぶ姿勢を見習い、勉学に励みたいと思います。そして、今回参加したプログラムを通して出会った人々とのつながりを大切にし、特に同じプログラムに参加した九州大学の友達、他大学の友達、ホームステイ先の方々とは今後も連絡を取り続けたいと思います。
最後になりましたが、黒田奨学会のご支援のおかげで、このような貴重な経験をすることができました。この場を借りて深くお礼申し上げます。ありがとうございました。

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海外研修報告書 「ケンブリッジでの3週間」

九州大学文学部2年 Y.H

私は、自分の英語力を伸ばすことはもちろん、もっと自分から積極的に人と話せるようになりたいと思い、8月17日から10日まで、イギリスのケンブリッジ大学・ペンブロークカレッジで、約3週間の語学及び学術研修に参加させていただきました。
高校生の頃から留学したいと思っていて、それをケンブリッジ大学という素晴らしい大学で過ごすことができるということ、高い志を持った人が集まるということで、期待で胸を膨らませながら、この研修に参加しました。

現地では、英語科目と専門科目の2つを中心に、実際にケンブリッジ大学で教壇に立たれている先生方からの授業を受けました。まず、現地での英語科目は、どれも楽しく身になるものばかりでした。3人の先生方が交代で授業を担当してくださったのですが、ある先生の授業では、ノートの取り方や長文の読み方などの、Academic English Skillを学習しました。また、ある先生は、ケンブリッジやケンブリッジ大学について様々なことを教えてくださりました。授業を受けていく中で、日本、または日本の学生とイギリスとの文化的共通点や相違点を知ることができ、実際にそれらをケンブリッジやイギリス内を探索する中で感じることができるものもありました。また、即興で英語劇をする機会もありました。アドリブを入れながら劇をすることで、英語を即座に考えて発する力が身についたのではないかと思います。1番英語を話したり、体を動かしたりしたのがこの授業だったので、私はこの授業が1番印象に残っています。
もう1人の先生の授業では、ケンブリッジ内の博物館についての発表、お金(イギリスはポンド)の使い方、レストランでの会話表現、単語の発音を学びました。英語でのプレゼンの機会はあまりなく、ネイティブの方に聞いていただける機会も少ないため、私にとっては良い経験となりました。また、お金の使い方やレストランでの表現は、日本ではなかなか教えてもらえない表現でありますし、実際に使う場面が多々あったので、とても役に立ちました。101グループでの授業だったのですが、メンバー全員の英語力が本当に高く、一緒に授業を受けていて、たくさんの刺激を得ることができた一方、それと同時に自分の英語力のなさも痛感しました。他のメンバーは先生からの問いかけにある程度の分量答えることができているのに、私はうまく答えることができない上に話すことのできた英語の分量が少なく、英語力の差を最も感じたのはこの部分だったと思います。

専門科目のModern Britainでは、Industrial RevolutionEmpireといったトピックごとにイギリスの歴史を学んでいきました。今まで世界史で習ったことのある事柄や、事前研修で学んだ事柄など、既に知っていることもあれば、初見の人物がでてきて全然わからないこともありました。しかし、先生は私たちの知らないことでも丁寧に教えてくださいました。また、各トピックの関連性を考えながら授業を受けるというのがこの講義の1つの目標だったのですが、産業革命で金銭的余裕ができたことがスポーツの発展につながったなど、目標通り様々なトピックの関連を見つけることができ、非常に興味深く感じられました。この授業を受けて思ったのは、専門的な知識に関する単語が足りなかったということです。現地に行く前に配布された授業のシラバスに、重要な単語がリストアップされており、その単語ももちろん授業内で使われたのですが、それ以外にも私の知らない単語がたくさん出てきて、授業中に辞書を引くことや、聞き取れなくて意味がわからないことが何度もありました。専門性の高いことを学ぶには、それだけ多くの知識が必要となってくることがわかりました。

授業が終わって、放課後にはPA (Program Assistant) に連れられてインドカレーを食べに行ったり、パブへ行ったり、カレッジ巡りをしたり、市場で買い物をしたり、色々なところへ足を運びました。日本とは違う味のカレーに驚くこともあったし、パブであった常連のおじさんと話して盛り上がったこともあったし、レンガや石造りの建物、美しいステンドグラスに目を奪われることもありました。庭の木にリスがいることに驚くこともあり、早起きして朝日を見に行ったこともありました。とにかく見るもの、聞くもの全てが私にとって新鮮に感じられ、ケンブリッジという町を楽しむことができました。また、週末には、Liverpool LondonCotswoldsなど様々なところへ行きました。
 Liverpoolは産業革命の都市らしく近代的な港町、Londonは大都会、Cotswoldsは古いけどきれいな街並みを残している村、というように、行くところによってそれぞれ違う景色があり、同じ国内でもこんなに違うのかと感動しました。

日本に帰ってきて、現地でのことを振り返ると、満足に思ったことと、少し後悔していることの両方があると思います。満足していることは、この研修を通してたくさんの素晴らしい人たちに出会うことができたことです。私たちに優しくしてくださった現地の先生やPAさん、一緒に研修を頑張ってきた仲間、引率してくださった鈴木右文先生。この研修に参加してなければ、決して出会うことはできませんでした。特に、研修メンバーとの出会いは、かけがえのないものだと思っています。彼らと出会って、自分よりももっと英語が上手な人がいることを知りました。正直なところ、今までは人よりは少し英語ができるだろうと思っていましたが、今回の研修で自分の若干うぬぼれていたところに気付くことができたし、私も彼らに追いつけるようにもっと努力しようと思えるような、刺激をもらうことができました。彼らのことを思い出せば、私はどんな時も頑張れる気がします。少し後悔していることは、もっと英語を使う努力をするべきだったということです。英語しばりの日を設けるのが最適だったのでしょうが、それを実行に移すことができませんでした。そこは、自分の甘えや弱さが出てしまった部分だと思います。やり残したことはない、満足だ、とは言い切れません。しかし、そのこともまた違ったプログラムに参加した際など、今度は絶対後悔しない、というように、今後に活かせると考えています。

この研修に参加して、自分の英語が通じたり、相手の言っていることが理解できて嬉しかったりしたこと、逆に、自分の伝えたいことが伝わらないもどかしさや、英語が聞き取れない悔しさを感じることなど、様々な思いを味わいました。どれも日本ではなかなか経験することのできないことばかりで、このことは、これからまた英語を学習する上で私の糧になると考えています。

 最後になりましたが、黒田奨学会のご支援のおかげで、このような一生に一度の貴重な経験をさせていただきました。この場を借りて深くお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

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海外研修報告書 「香港での留学を終えて」

九州大学経済学部4年 K.R

「国際的に活躍できる人材になる」ことを目標としていた私は、大学生活を、常に海外と関わることに重きを置いて過ごしてきた。在学中、複数回の短期留学や留学生のサポート、海外ボランティア等々多くのことに挑戦したが、その集大成として20148月から20155月まで、私は香港大学での交換留学に挑んだ。香港大学で過ごした10か月は、今までの大学生活の中で最も充実した日々だった。

 まず学業に関して、1年間のカリキュラムをすべてやり終えたことは自信になった。留学当初は、英語の授業についていけず悪戦苦闘していたが、徐々に耳も慣れ、読み書きのスピードも上がり、留学後半は前半と比較してかなり楽に授業に臨めるようになっていた。また、当初苦手としていたグループディスカッションも、留学後期では周りの意見をきちんと聞き取った上で、自らの意見も積極的に発言でき、語学面、積極性において自分の成長を感じられる部分があった。積み重なる課題の山に、朝から晩まで図書館に箱詰めになることも多々あったが、時間をかけてでも一つ一つ課題をこなし、最後まで諦めずに取り組んだことで、忍耐力も養えたと思う。
また、留学中は専門分野(経済学)を離れて、アフリカ学、ジャーナリズム、国際関係論、文化論等々、興味のある分野の授業を受講した。これにより知識の幅が広がっただけでなく、専門分野への新たなアプローチを見つけられ、自身の専門性を高める上でも非常に意義のある学習ができた。世界中から来ている優秀な学生と、意見交換をし、切磋琢磨しながら学べる環境はとても新鮮で、かつ自分の未熟さを思い知るにも良い環境だった。そのような環境にいたことで、学業に対するモチベーションを高く維持することができ、学業に打ち込めたと思う。

学業以外に関しては、地域・世代を超えて人脈を広げること、そして自ら日本を発信する場を提供することに力を入れた。
まず、人脈に関して、留学中は自分から笑顔で話しかけるということを習慣とし、友人の輪を広げていった。全く異なる考え、背景をもつ海外の人と交流していく中で、異なっていることを当然のこととして受け入れ、自分目線で物事を捉えることなく、相手をきちんと理解するために相手目線で考える姿勢を身に付けることができた。また日本を客観的に見たことで日本への新たな視点を持てたし、どうすれば面白い人、ずっと付き合いたい人と思ってもらえるか、つたない英語でコミュニケーション能力を磨いていった。

そして香港では、人生の大先輩方との出会いもたくさんあった。黒田奨学会の先輩であり、香港で弁護士としてご活躍されている中村祐子先輩にお会いしたのをきっかけに、香港修猷館同窓会、香港箱崎会(九州大学同窓会)、福岡県人会、九州県人会等々に声をかけて頂いた。大先輩方には、留学のこと、将来のこと等々様々な悩みをご相談させて頂き、たくさんのアドバイスを頂いた。そうして海外で活躍されている先輩方の姿を見ているうちに、香港に行くまでは、日本で日本企業に就職、という考えしかなかった私だが、自分の中の選択肢も広がり、目指す将来像も大きく変わっていった。そして次第に海外で働くイメージがつかめ、自分も海外を舞台に活躍したい、と今まで以上に思うようになった。
また香港という地で、大先輩方が修猷や九大で過ごした青春時代のお話を伺ったり、香港の洋上で修猷館の館歌を歌ったりと、地元トークで大変盛り上がる場面も何度もあった。修猷・九大・福岡・九州、そして黒田奨学会というだけで、自然と話が盛り上がり、気が付けば打ち解けている、そんな目に見えない強い繋がりが私の周りにはあるのだ、と海外に出て改めて実感し、その一員になれたことも非常に嬉しかった。
香港で大先輩方と過ごした時間は、私の留学の中でも忘れがたい、貴重なものである。このように学内、学外でも常に新たな出会いがある環境は、常に自分の考え方、ものの見方を変化させてくれ、とても刺激的であった。

次に、日本を発信する場の活動に関して、留学中に「日本代表として日本と香港の橋渡し的役割を果たしたい」と思っていた私は、寮内で自ら日本語教室を開催したり、大学内で他の日本人留学生とソーラン節を披露したりと、精力的に活動した。これらの活動を通して、感じたことが二つある。一つ目は、海外の人ほど日本を愛してくれているということだ。日本を旅した友人の多くが、「今まで行った国の中でナンバーワン!清潔で人が優しくてご飯がおいしい。また絶対行きたい!」と私に言ってくれたことが何度もあった。世界中の多くの友人が日本を尊敬し、評価してくれていることが非常に嬉しかった。と同時に、「日本は誇るべき点であふれているのだな」と自分の中でも再認識し、その良さを伝えていくことで、もっと多くの人が日本に興味を持ってくれれば、という気持ちで活動を続けることができた。
二つ目に、自分がいかに日本を知らないかに気付かされた。活動の中で、日本の文化、社会、経済について色々聞かれる場面もあったのだが、自分自身うまく日本を伝えられないことが度々あった。橋渡しとしての役割をきちんと果たすには、まず、自分のことをきちんと自分の言葉で説明できるようにならなければならない。もう一度、まず自分が日本を勉強しなければと思った。

そしてもう一つ、この香港での生活を通して、中国を取り巻くセンシティブな部分に対する感覚を得られたことは大きな収穫であった。留学前は、中国・香港・台湾と言われても、いまいちピンと来なかったが、今ではそれぞれが抱える政治的・経済的・社会的・文化的な問題や軋轢、そしてそれぞれのスタンスを述べることができる。昨年9月以降、香港で激化した雨傘革命や対中国のデモ活動を実際に間近で見て、加えて、授業や日頃の友人との会話から、より香港・中国間の問題や人々の感情というものを、肌で感じ取る機会が増え、より理解が深まったと思う。それぞれの国・地域の、特に領土や社会に関する問題というのは外からはなかなか見えないが、実際は非常にセンシティブで、迂闊な発言は信頼関係を損ねることにもつながる。それゆえたとえ仲の良い友人同士でも、無責任な発言はするまいといつも気を付けていた。この感覚は、香港のケースに限らず、世界中どこでも必要となってくる、国際人に求められる要素でもあろう。今回の留学を通して、このことを学べたことは非常に有意義であった。

この留学をより意味のあるものにできるかどうかは今後にかかっていると思う。具体的に今後取り組みたいことは三つある。一つ目に、この経験をできる限り多くの人と共有したい。留学という経験を通して自分も色々なことを学び、成長できたので、他の人にもぜひこの気持ちを味わってもらいたい。私の留学経験を共有することで、少しでも留学という挑戦に興味を持ち、日本・世界を変えていくという夢を持った人が増えれば、それは日本を活気づけることにもつながるだろう。二つ目に、香港で築いたネットワーク、関係を維持・発展させていきたい。特に今回香港で出会った方々は自分にないものを持っている方々ばかりで、目標としたい存在であった。自分の人生の指針となる方々との縁を、今後も大切にしていきたい。三つ目に、中長期的な目標として、やはり将来的に日本の一代表として国際舞台でも堂々と渡り歩いていけるような人になりたいと強く思う。
まだまだ道のりは長いが、その一歩はここで確実に踏み出せたと思う。留学で得た語学力、積極性、異文化適応力を糧にしつつ、現状に満足することなくさらなる挑戦を続けていきたい。そして、この留学を支えてくださったすべての方々に感謝の気持ちをもち、その方々、社会全体に恩返しができる人間になれるよう、さらなる成長を遂げていきたい。

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海外研修報告書

九州大学医学部医学科6年 K.K

  私はこの夏、2013年8月26日から9月13日までの3週間、アメリカのオハイオ州クリーブランドにあるCleveland Clinicにて実習を行ってきました。
この病院はアメリカの病院ランキングで4位に入るほどの大きな病院で、国外からも多くの優秀な医師がCleveland Clinicに集まっている国際色豊かな病院です。今回の実習では九州大学第二外科の協力により、Cleveland Clinicの肝臓移植グループでご活躍されている橋元浩二先生のもとでアメリカの外科医療を体験してきました。

大まかな実習の流れですが、朝は6時に集合してレジデントの先生と一緒に患者さんの様子を見て回って午前中の回診の準備をします。9時ごろから回診が始まり、レジデントが患者さんについてプレゼンテーションをしながら、チーム全員で患者さんの状態を見て、どのような検査や治療をしていくのかを話し合います。このチーム全員というのも日本とは異なって、日本では医師のみで回診をするのに対してCleveland Clinicでは医師の他にPA(Physician Assistant)やコーディネーター、薬剤師、理学療法士が一緒に回診に参加していて、チーム医療を重視していることがよくわかりました。午後からは手術見学や外来見学、カンファレンスなどに参加しました。

また、この実習の目玉でもあるのですが、日本ではほとんど見ることのない脳死移植を見学する機会もありました。Cleveland Clinicでは年間100数例の脳死肝移植が行われているのですが、私が実習した期間は残念ながら1例しか脳死移植はありませんでした。基本的に私たちは見学者という立場で医療行為を全くしてはならないのですが、脳死ドナーの手術には参加しても良いということで、実際に手術場に立って縫合などの手術手技や臓器の解剖について教えてもらうこともできました。

当然のことながら、これらの実習中に使っている言葉は全て英語です。私は英語があまり得意ではなく、そもそも外国人と話した経験もほとんどなかったため、始めのうちは何を話しているのか全然理解できませんでした。そのため、自分から質問をしていくのも気が引けてしまい、最初の方の実習は何が何だか分からないうちに終わってしまっていました。
しかし、そのまま何もせずにいるのはもったいない、ということで一日に何か一つでも質問をすることを目標に実習に臨みました。いざ話しかけてみると、みんなとても優しく、私のたどたどしい英語でもきちんと聞いてくれました。説明も分かりやすいように丁寧にしてくれて、何を話しているのか理解できるようになったので、実習がとても楽しく感じられるようになりました。

日本にいるときの実習では自分から行動を起こさなくても先生の方から何をしたらいいか教えてもらえていたのですが、アメリカでは自分から行動を起こしていかないと何も教えてもらうこともできず置いてきぼりにされてしまう、というのを身にしみて感じました。
実習には私たちの他にも海外から見学に来ている学生や医師もいました。彼らは単に学校の実習で見学に来ている私たちと違い、本気でCleveland Clinicで就職したいと考えていて、実習に臨む姿勢も非常に積極的で、とても良い刺激をもらうことができたと思います。

さらに、今回は運が良かったのか多くの日本人医師の方と出会うこともできました。日本を離れ、遠くアメリカの地で働く先生たちから、なぜアメリカで働こうと思ったのか、アメリカで働くにあたってどんな準備をしたのか、どんな苦労があったのかなど色々な話を聞くことができました。こういった多くの出会いも今回の実習で得た貴重な経験だと思います。

最後になりますが、このような素晴らしい実習をするにあたって多大なご支援をいただいた黒田奨学会ならびに九州大学第二外科、Cleveland Clinicには大変感謝しております。この場を借りて厚く御礼申し上げたいと思います。

 以上

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 黒田奨学会10月近況報告

東京大学工学部3年  T.T

【近況報告】
8月の近況報告でお伝えしたように、夏休みは長期に渡って海外に行っておりました。まず初めに、8月頃から8月いっぱい、英国ケンブリッジ大学にて、研究室インターンをさせていただきました。

現地では、インフラのモニタリングの実習という事で、トンネル内で撮影された画像を読み取りのソフトウェアを制作しました。コンピュータープログラミングに長けている訳ではないことや、英語でプログラミングの勉強をしなければならなかったことなどにより苦労した点もありましたが、非常に面白く、私を受け入れてくださったケンブリッジ大学の教授や、インターンの内容や生活面でも気にかけて下った周りの方々にも恵まれて、非常に充実したインターンとなりました。インターンを終えてのレポートを書きました(現地の先生にも送るため英語ですが)ので、同封しております。もしよろしければご一読いただければ幸いです。

 その後、私の学科の「少人数セミナー」という授業の一環でミャンマーに行って参りました。ミャンマーは2007年まで軍事政権下だった影響で携帯電話の普及率が非常に低い国です。また、インフラが十分に整備されているとは言えず、自然災害が非常に多い国でもあります。こうしたミャンマーで自然災害の対策として携帯電話を使った対策を提案しに行きました。現地ではヤンゴン工科大学の先生方や学生、YCDC(Yangon City Development Committee/ヤンゴン市開発委員会(ヤンゴン都市圏を管轄する機関))などでプレゼンテーションをさせていただきました。開発途上国と呼ばれる国に行くのは初めてだったのですが、街を歩いたり、食べ物を食べたり、現地の学生と話したりと1つひとつが驚きの連続だったのと同時に、日本とは全く違う国なのだと実感し、コレまで全く知らなかった世界を知って自分の価値観が非常に広がったように思います。特にミャンマーは東南アジアの中でも開発が遅れており、また、日本企業が進出を狙う国でもあります。今回行ってみて感じた事としては、現地の暮らしは日本に比べると確かに貧しい暮らしなのかもしれませんが、現地の方々はとても幸せそうにしていて、日本人よりもよっぽど幸せなのではと思う程でした。そういった幸せを外国の企業がビジネスを目的に進出して、現地の人の幸せを搾取するのではないかと思ってしまいました。また、援助といっても、多くの援助にはドナー国の思惑があり、レシピエント国の100%の利益になっているかと言えばなかなか難しいところがあると思います。私の専攻である土木という分野の性質上、援助を扱うことが多いと思うのですが、援助のあり方や援助とは何なのかという根本的な問題を考えさせられました。今後自分の中で消化していき、自分なりの考えを見つけたいと思います。

 その後、米国のシアトルにて、ボーイング社訪問および工場見学をしました。現地では最新鋭のB787を送り出した技術者の方々と話をさせて頂いたり、日本人技術者の方とお会いしたりと、最新鋭の飛行機に託す技術者の方の思いがひしひしと感じられました。私の専門である土木とは関係が無いので半ば趣味の感覚で、先学期から航空宇宙科学の講義を他学科受講で受講しており、その講義の関係で訪問したのですが、モノづくりの考え方や思い、外国の産業の日本人としてどのように関わるかなど、航空工学に直接的に関わる事がない私としても、非常に有意義なお話を伺う事ができました。
また、先日、ボーイングと東大・東北大・名古屋大が合同で行っているサマースクールに参加し、その中にアイデアコンテストで東大チームとして優勝を飾りました。米国からサマースクールのためにボーイングの開発責任者の方や、ボーイングジャパンの社長などがいらしている中、英語でプレゼンテーションや質疑応答をするのは緊張することではありましたが、東大チームとして練りに練って考えだしたアイデアだっただけに、優勝できて、喜びは一入でした。

 以上が夏休みで行ったことです。今年の夏休みは海外に積極的に向かい、自分の価値観が広がった夏休みだと感じています、充実した夏休みだっただけに、今回感じたことをしっかりと活かして今後の生活に反映させていきたいと考えています。

【学業成績】
成績が出ていない科目もありますが、出ている範囲では概ね満足のいく結果になりました。駒場から本郷に移り、専門課程に入って約1年になりますが、学校で勉強している内容が面白く、能動的に勉強をすることが出来るようになったのが理由だと考えています。また、テストの成績という面以外でも、先学期は非常に知識や考え方の面で勉強した内容が身に付いた学期だと思います。先に述べました通り、海外に行った際にも街並の見方やその国の歴史的背景を勉強した事で、より深くその国のことやその街のことを理解できるようになったと思います。知識が経験に直結することを感じたことで、勉強のモチベーションが高くなったと感じています。成績表に関しては、全ての科目の成績が分かり次第お送りしますので、次回の12月の近況報告の際に同封いたします。

【今後の目標】
上記の検鏡報告にて書かせて頂きました通り、この3年前期と夏休みは非常に充実した時間を過ごすことができました。8月初めから丸2ヶ月あった夏休みも様々な経験をしたことにより、飛ぶように過ぎて行き、もう間もなく10月になり、後期が始まります。これだけ早く過ぎたということは非常に充実した夏休みが送れたことの現れた結果だと思いますので、様々な体験を通して感じたこと、思ったことを忘れること無く、今考えていることを大切にしながら、後期の勉強や生活に活かして行きたいと思います。具体的なこと、抽象的なこと、様々に考えさせることがあり、自分なりに何をすれば良いのか結論が出ている内容、結論が出ていない内容のどちらもありますが、結論が出ている内容は後期から早速実行に移していき、何をすれば良いのか分かっていない内容に関しては今後もこの夏休みで感じたことを忘れず、さまざまな経験と総合して考え続けるということを意識して、後期の生活を送ります。
後期には研究室配属もあり、自分の専攻をさらに深く追求し始める時期でもあります。後悔しない選択や後悔しない生活ができるように、今出来ることを一生懸命に、時間を無駄にすることなく生活できるようにしていきたいと思っています。大学生活もいよいよ折り返し地点を過ぎ、あと3学期分となってしまいましたので、学生時代の今だからこそできることを、今のうちにすることを意識しながら、また、この夏休みで感じた自分自身の至らない点を改善しながら、後期を過ごしていこうと考えています。

【以下、英文レポート】
レポート:P1〜P6 P7〜P11
※別ウィンドウで開きます。拡大してご覧ください。

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海外研修報告 イギリスで学んだこと

九州医学部保健学科4年  I.M

  2013年8月、私はイギリスのコルチェスターで看護専門研修に参加してきました。2週間という限られた時間の中でしたが、語学研修のみならず、イギリスの看護、医療、特にイギリス発祥であるホスピスについて学んでまいりました。
午前中は研修校に通い、語学を学び、午後からはコルチェスター付近の病院やホスピスへの訪問をしました。
また、現役で働いている看護師やNHSマネージャー(NHS:イギリスの医療システム名、National Health Serviceの略)、病院コンサルタント(NHSの中で専門医として独立して仕事ができるシニアの医師たちのための職)の方々の講義を聴く機会もあり、毎日がとても充実した研修でした。

【コルチェスターについて】
コルチェスターはイギリスで歴史上最も古い町と言われています。ロンドンから車で1時間程の距離で、歴史的なたたずまいを見せるとともに、田園風景の美しさと都市の便利さを兼ね備えた町でした。気候は日中は30度近くまで上がる事もありましたが、日本のように湿度が高くないのでとても過ごしやすい快適な夏でした。夏の期間は1年の中でも雨の降る日数が少なく、イギリスでは珍しい快晴の天気を楽しむ事ができました。しかし、朝晩は肌寒く、天気によって10度前後気温が変化することもあったので、薄手のカーディガンなどは必要でした。

【イギリスの医療システムいついて】
イギリスの医療システムであるNHSについては、今回の研修に行く前に大学の授業で一度、歴史や概要を簡単に学んだ程度で詳細については知りませんでした。しかし、今回の研修で、実際にNHSで運営されている病院訪問やそこで働いている看護師やGP(Genelral Practitioner:開業医、地域医のこと)から話を聞くことができ、NHSへの理解を深める事ができました。NHSをわかりやすく端的に説明すると、日本では患者の医療費の自己負担が3割であるのに対し、NHSは患者の自己負担がゼロ、つまり怪我の負担や持病での入院、出産などの医療費が全くかからないのです。最近のイギリスで一番のニュースであったロイヤルベビー・ジョージ王子を出産したキャサリン妃は、NHSの病院で出産したため医療費を1円も払っていないという事実は、イギリス国民にとっては当たり前のことかもしれませが、私にとっては驚きでした。
NHSは「イギリスに住む全ての人は誰であれ、収入の多寡、年齢、国籍、住居する地域に関係なく、必要なサービスを享受できなければならない」という崇高な理念のもと、1948年に発足されました。日本の国民皆保険が発足するよりも13年も早くこのような画期的な制度ができ、理想的な高度福祉社会づくりに力を入れていたことから、有名な「揺りかごから墓場まで」という言葉が生まれました。
ここまでの話では、NHSがかなり先進的で画期的な医療制度だと感じますが、理想的な社旗は想い通りに機能しないのが現状です。医療費が無料であるために、患者からの要求は尽きません。医療技術の発展で、多くの患者が複雑な治療を受けるようになったため高いコストが必要であり、それに伴い、より多くの人手も必要となっています。
理想的な高度福祉社会づくりにともなう万年の資金不足・長い待ち時間など、NHSは大きな課題に直面しています。

【イギリスの病院について(エセックス カウンティー病院、オークス病院)】
イギリスの病院は大きく2種類に分かれます。一つは前述したNHS(国営)によって運営されている病院、すなわち、この病院であればすべて医療費は無料です。そしてもう一つは、プライベートホスピタル(私立)という、NHSとは違い、高額の医療費を払わなければならない病院です。NHSとプライベートホスピタルの大きな違いは自己負担額ですが、提供される医療は同じです。NHS病院に勤務している医師が、プライベートホスピタルに非常勤で働いているという場合もあるそうです。医療費が高いのに、提供される医療は同じならば多くの人がNHSを選択し、プライベートホスピタルは運営できなくなるのではないかとお思いになった方も沢山いる事でしょう。実際に私も含めNHS病院とプライベートホスピタルの説明を受けた時はそう思いました。しかし、二種類の病院の違いとして、NHS病院では、治療を自分で指定した日いは受ける事が出来ません。手術を受ける為に数ヶ月待たなければならないという欠点があります。それに対してプライベートホスピタルは序自分の受けたい日に手術日を指定することができるという利点があります。その他にも、提供される医療は同じですが、病室のレベルや、病院食の質などNHS病院に比べプライベートホスピタルではより充実しているという利点もあります。患者はこの二つの病院の利点・欠点を考慮した上で選択する事ができ、日本の医療制度とはかなり異なっているためとても興味深いと思いました。
私は初め、エセックス カウンティー病院というNHSで運営されている病院を訪問しました。この病院は日帰り治療を主体として行っており、腫瘍の治療である化学療法や放射線治療も日帰り治療として行っていました。化学療法は、2、3時間かかる治療時間が患者にとって退屈にならないようにテレビが置いてあったり、治療中の異変時に即座に対応できるように看護師が頻繁に患者の様子を観察したりなど、私の自習先であった九州大学病院の化学療法室と似ているところもありました。しかし、家族がそばに付き添いながら治療が出来るところや、お茶やビスケットを配るボランティアさんがおり、そのお茶などはコルチェスター内の店から全部寄付されていることなど、日本の病院と異なっているところもたくさんありました。家族が付き添いながら治療を受ける事が出来る点や、病院でお茶やお菓子が配られているという点は、患者がより心地よい状態で治療が受けられるように、患者第一に考えたイギリスの病院ならではの特徴であると感じました。
次にオークス病院というプライベートホスピタルを訪問しました。ここの病院ではプライベートのサービスだけでなく、NHSのサービスを受けることもできます。オークス病院の看護師から聞いたお話の中で一番衝撃的だったのは、同じ手術を受ける患者がいて、例えば人工骨頭置換術の場合、入院手術費がNHSのサービスであれば無料であるにに対し、プライベートのサービスで入院・手術をすると総額約百六十万円かかるそうです。医療を提供する医師や看護師は同じで、医療の質も変わらないのです。そのため、プライベートのサービスを受けて入院している患者には病室や食事などの質を上げ、待ち時間を少なくするなど、できるだけNHSとの差が生まれるように努力しているそうです。

【セントヘレナホスピス】
研修の二週目には、コルチェスター内にあるセントヘレナホスピスを訪問しました。
ホスピスというのは終末期医療、患者とその家族が望むより良い最後を迎えられるように、ホスピスで働くスタッフが一丸となってケアを提供する場所です。日本にもホスピスはありますが、イギリス程浸透化していないように感じます。イギリスのホスピスは、初めチャリティーの精神から始まったもので、現在でも運営費の60〜70%がチャリティーで、残りの30〜40%が政府から賄われています。もちろん、ホスピスの入院費は全て無料です。患者を身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな側面から捉えたトータルペインケアが行われています。そして、ホスピスには医師や看護師の他、ヘアドレッサーやネイリスト、アートセラピスト、チャプレン(聖職者)などが働いています。がんの治療で、抗がん剤の副作用により髪の毛が抜け落ち、患者自身のボディイメージが混乱しないようにヘアドレッサーがかつらを提供するなど、様々な職種が自身の専門性を活かして患者のQOL向上のために働きかけていました。
また、グリーフケアといって、患者の死を目前にした家族の苦しみや、死後の悲しみに寄り添い、立ち直ってもらうためのケアを看護師はもちろんのこと、自分の時間を捧げて人の為に働くボランティアさんも行っていました。グリーフケアは病院でも行われていない為、ホスピスと病院の大きな違いであり、ホスピスの最大のポイントでもあると思いました。ボランティアさんは、事前に研修を行ってから活動しており、その多くは同じように大切な家族を亡くした経験のある人たちだそうです。このようなボランティアさんや、チャリティーで運営されている事など、イギリスではボランティア精神がとても強い国であると感じました。ボランティアやチャリティーという言葉を日本でも耳にする事はありますが、一つのホスピスを運営して行ける程の資金が集まるかというと、返答にこまってしまうと思います。
このとても素敵なボランティア精神が日本の医療にも広がっていくことを願い、また、私自身もここで感じたボランティア精神を大切にしたいという気持ちを忘れずに、社会に貢献したいと強く思いました。

【看護専門研修を終えて】
研修に行く前は、知らない土地で、言語も違う見ず知らずの人たちと二週間も過ごす事に大きな不安を抱えていました。語学研修校でも初めのうちは戸惑う事も多くありました。しかし、「積極的にいかなければ今までの自分を変えることはできない。」と思い、積極的にクラスメートやホストファミリーに話しかけ、コミュニケーションを楽しみました。今でも、イギリスでできたクラスメイの友人と文通を続けてます。
今回の海外研修で、イギリスの医療・看護について、語学について学ぶことができ、また、多国籍の人とふれあう事でコミュニケーション能力も高める事ができました。日本だけに留まらず海外の医療研修に目を向けることで、これから医療従事者として働く上で必要なことは何か、どのような看護師を目指したいかを明確化することができました。

今回の経験は一生の宝物になると思います。
今回このような素晴らしい機会を与えてくださった黒田奨学会様には、感謝してもしきれない思いです。
本当にありがとうございました。

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